東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)223号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 また、前記当事者間に争いのない本件発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(本件発明の公告公報)(以下「本件明細書」という。)によれば、本件発明は揺動式の選別盤を有する穀粒選別機に関する発明であつて、その構成(前記本件発明の要旨のとおり)上の要点は、<1>選別盤につき(a)盤面を無孔の粗雑面とし(b)揺上げ側に側壁を設ける点、<2>選別盤を穀粒供給側を高く排出側を低く配置する点、<3>該選別盤を供給側から排出側への穀粒流動方向に対して左右側の方向に斜め上下に往復動させる点、<4>該選別盤を複数段多段状に重架させる点にあることが認められる。
三 取消事由に対する判断
1 取消事由(1)について
(一) 本件発明の選別盤の盤面形状は前記二の<1>(a)記載のとおりであり、そこにいう「粗雑面」が「粗い凹凸のある面」であることはその字義上明らかであるが、本件明細書(前掲甲第二号証)によつてもそれ以上の限定記載は認められないので、まず、右「粗雑面」ないしこれを形成する凹凸が本件発明の穀粒選別過程においてどのような作用をするものとされているかについて検討する。前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「……選別盤1、1は、そのHL間を流動する穀物に対して左右方向に斜め上下の往復運動Wをすることになる。しかして、斜め上下のあおり運動をうけた混合粒は第一次現象として比重の大なる玄米粒は下層に沈下し、比重の小なる籾粒は玄米粒の上層を浮上する。そして、下層に沈下した玄米粒は、第二次現象として、側壁3方向に揺寄せられて隆積し、上層に浮上した籾粒は、その反動で反対側に偏流し、この状態を保ちながら、徐々に、排出側L方向に流動し、玄米は、第1図のE1線のごとく流動して排出される。籾粒は、逆にE3線をもつて表示したごとく揺下側に向つて集合して落粒防止用側壁4にそつて偏流する。」(甲第二号証三欄一九行ないし四欄五行)との記載があることが認められ、右記載に成立に争いのない甲第三号証(原出願に係る出願当初の明細書及び図面)、第七号証(原出願に係る発明の公告公報)、乙第三号証(被告特許部課長作成の技術説明書)の記載をも参酌すれば、本件発明の採用する選別原理は、選別対象たる異種混合穀物粒が選別盤の盤面上を供給側から排出側へと流動する間に(前記二<2>記載の構成が関与する。)該選別盤を該流動方向左右側へ斜め上下に往復動させ(前記二<3>記載の構成)、これによる揺動により、異種の穀物粒を上層と下層に分離させ、更に上層と下層に分離した穀物粒を選別盤の左右側端へ分離させるというものであるが、そのうち、上層と下層に分離した穀物粒を左右側端へ分離させるに際して下層に沈下した穀物粒を一側端に片寄せるについては、選別盤の流動方向左右側への斜め上下の往復動を利用して、選別盤の上向き行程において、盤面を形成する粗雑面で下層に沈下した穀物粒を支持して選別盤とともに揺上げ側に移動させる(なお、選別盤が下向き行程に復する際には慣性により穀物粒が選別盤から離れる傾向を示し選別盤の運動に追随しない。)ことを繰り返すという原理によつているものであることが認められ、これによれば、該「粗雑面」は、選別盤の上向き行程において下層に沈下した穀物粒を支持し選別盤の動きに追随させることをその本来の機能とするものであり、したがつて、これを形成する凹凸の形状も粗雑面に右機能を果たすための摩擦抵抗等を与え、かつ選別盤が下向き行程に復する際の前記穀物粒の離脱を妨げないような形状であれば足り、それ以上格別の構成を要するものでないことは明らかである。
(二) 他方、第一及び第二引用例に審決摘示(審決の理由の要点(三)(1))のとおりの記載があることは当事者間に争いがなく、右記載と成立に争いのない甲第五号証(第一引用例である公告公報)及び第六号証(第二引用例である第一引用例に係る発明の願書並びに添附の明細書及び図面)によれば、第一及び第二引用例には、揺動式の流樋(本件発明の選別盤に相当する。)を有する籾選別機において、右流樋面上に多数の揺寄せ突起を配列する構成が示されていること、右揺寄せ突起は、その一端が流樋面から一定の起仰角をもつて立ち上り、流樋面上の穀粒流動方向に対し横斜め又は横にのみ穀粒を揺寄せ得る角度(側壁に対して平行零度角ないし六〇度角)を有する頂端線を持つものであることが認められるところ、第一引用例及び第二引用例記載の発明の採用する選別原理は前記当事者間に争いのない審決摘示のA記載(第二引用例に関するものであるが、前掲甲第五号証によれば、この点に関しては第一引用例においても異ならないことが明らかである。)に徴し、選別対象たる玄米粒と籾粒の混合粒が流樋面上を供給側から排出側へと流動する間に流樋を往復揺動運動させ、これによる揺動により、玄米粒を下層に、籾粒を上層に分離させ、更に上層と下層に分離した籾粒と玄米粒を流樋の左右側端へ分離させるというものであるが、玄米粒と籾粒を左右側端に分離させるに際して下層に沈下した玄米粒を一側端に片寄せるについては、第一及び第二引用例においては、本件発明と異なり、前記認定のような構成を有する揺寄せ突起の頂端線の押送力で下層に沈下した玄米粒を片寄せるものとしているものであり、したがつて、該揺寄せ突起が、前記のように頂端線を有しこれが一定の方向性を有することを、穀粒選別をなすうえでの必須不可欠の要件としているものであることが明らかである。
(三) そうであれば、本件発明の粗雑面を形成する凹凸と第一及び第二引用例記載の揺寄せ突起は、その構成及び作用を基本的に異にするものというべきであるから、この点の差異が設計上の微差に当たらないとした審決の認定判断に何ら誤りはないのみならず、両者の形状の差異が前記認定のように本件発明と第一及び第二引用例記載の発明との選別原理の差異に関わつているものである以上、この点の差異をもつて、原告主張のように容易になし得る設計変更にすぎないということができないことも明らかである。
(四) この点に関し、原告が指摘する前掲甲第三及び第七号証により認められる凹凸面bは、第一及び第二引用例の揺寄せ突起が所望の片寄せ方向との関連で設定されるべきものであるのに対し、かかる設定要件を要しない点で両引用例の揺寄せ突起とは明らかに異なるし、そもそも、この点に関する両者の相違点は一方が一定の方向性を有することを必須要件とするのに対し他方がこれを必須要件としていない点に存するのであるから、右原告の主張は理由がないといわざるを得ない。また、原告は、第一及び第二引用例のものにおいても斜め上下の揺動を予定しているものであるとも主張するが、前記認定の第一及び第二引用例記載の発明は、その採用する選別原理に徴し、穀粒を選別盤の一側端に片寄せる手段として、揺寄せ突起と揺動手段の組合せを前提としており、右揺寄せ突起と構成を異にする本件発明の粗雑面と揺動運動との組合せを予定していないことが明らかである以上、たとい第一及び第二引用例が斜め上下の揺動運動を全く排斥するものではないとしても、それが前記判断に影響を及ぼすことはない。
更に、原告は、成立に争いのない甲第一一号証の追試結果を援用することによつて、本件発明の選別盤と第一及び第二引用例の流樋の奏する作用効果は盤面または流樋面の形状や揺動の仕方の差異によつて異なるものではない旨主張する。しかし、既に説示したように、本件発明の選別盤は第一及び第二引用例との間に作用を異にする構成上の差異を有し、右の差異が容易に推考し得ないものと認められる以上、仮に両者の奏する効果の間に差したる差が認められないとしても、そのことのみによつて本件発明の新規性又は進歩性が否定されることにはならないものというべきであるから、この点において原告の主張は既に失当といわざるを得ない。なお、本件発明の選別盤について斜め上下に揺動させた場合と水平に揺動させた場合の選別結果について付言すると、成立に争いのない乙第一号証(被告の追試結果)及び第四号証(揺動籾選別機試験表)によれば前者の方が優れた効果を示していることが認められるし、また、前掲甲第一一号証によつても、水平揺動させたものは一番口、二番口に籾が混じつているのに対し、揺動角三〇度以上で斜め上下に揺動させたものにはいずれも籾が混つていないことからして、斜め上下に揺動させたものの方が優れた選別結果を示していることが明らかである(五番口まで有する選別機において一番口、二番口のいずれかに少しでも籾が混じれば実用性がないことが当業者に周知の事項であることは当事者間に争いがない。)。また、原告が、右の二つの場合について選別効果に差がないとの主張(原告主張の追試結果<1>)の根拠とする甲第一一号証添附の写真十三、十四については、他の写真一ないし十一の場合のように各番口についての具体的な選別結果が示されていないから、右写真のみではその主張の点を確認しがたい。
(五) 以上によれば、本件発明の選別盤の盤面形状と第一及び第二引用例の流樋面の形状の差異に関する審決の認定判断は正当であつて、誤りはないものというべきであるから、原告主張の取消事由(1)は理由がない。
2 取消事由(2)について
(一) 第三引用例に審決摘示の記載があることは当事者間に争いはなく、右記載に成立に争いのない甲第九号証(第三引用例である米国特許第一八三三四四七号明細書)を総合すれば、第三引用例には、種子用清浄、選別装置における揺動式の分離式テーブル(本件発明の選別盤に相当する。)の上部にスクリーンと粗い針金スクリーンを重ね合せたもの(「スクリーン」)が記載されていることが認められる。しかしながら、右スクリーンが通風孔を有し、その点で本件発明の選別盤の無孔の粗雑面と異なることについては当事者間に争いがないところ、前掲甲第九号証によれば、右通風孔からの通風が選別対象たる種子全体に浮力を与えることによりその選別を助けるものであり、したがつて、第三引用例記載の発明においては、種子デツキ(分離式テーブル)の揺動と下からの通風を組合せることにより選別をなしているものであることは明らかであるから、その点で本件発明と第三引用例記載の発明は選別原理を基本的に異にするものというべく、そうである以上、右形状の差異をもつて、原告主張のように設計上の微差ないし容易になし得る設計変更とすることができないことは明らかである。この点に関し、原告は、第三引用例記載の装置において通風は必須のものではなく、補助的手段にすぎない旨主張するが、前掲甲第九号証の記載によれば、第三引用例記載の装置においては、種子の選別のために種子デツキの揺動と通風をともに利用することにより、はじめて所期の作用効果を得られるものとされていることが認められる以上、原告の右主張は採用の限りでない。
(二) そうであれば、本件発明の選別盤の盤面形状と第三引用例のスクリーン面の形状との差異に関する審決の認定判断にも誤りはなく、原告主張の取消事由(2)も理由がない。
3 取消事由(3)について
原告は、甲第一一号証の追試結果に基づき本件発明の選別盤に関する構成によつて奏せられる効果は格別のものとはいえず、これを肯定した審決の認定判断は誤りである旨主張するが、前記1(四)において右追試結果について認定説示したところによれば、本件発明がその選別盤に関する構成により得ている作用効果に顕著性を肯認し得ることは明らかである(なお付言すれば、本件発明においては、第一ないし第三引用例におけるように揺寄せ突起や通風というような格別の手段と組合せることなく、選別盤を単なる粗雑面で形成し、これに穀粒流動方向に対して左右側の方向に斜め上下の揺動運動を与えるという比較的単純な構成で十分実用に耐え得る選別効果を得ることに成功した点にこそ、その大きな利点があるものといえるのである。)。したがつて、原告主張の取消事由(3)も理由がない。
4 以上のとおり原告主張の取消事由(1)ないし(3)は理由がなく、本件発明における選別盤の構成と第一ないし第三引用例記載の流樋等の構成との差異を設計上の微差とも容易になし得る設計変更ともいうことができず、また、これによつて奏せられる作用効果の顕著性を否定することもできないものである以上、本件発明が右各引用例の記載に基づいて容易になし得た程度のものであることを無効事由とする原告の無効審判請求が成り立たないことは明らかであり、したがつて、該選別盤を複数段多段状に重架した点(前記二<4>の構成)に関する取消事由(4)についての検討、判断を経るまでもなく、原告の無効審判請求を排斥した右判断と同旨の審決は正当というべきである。
四 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編注1〕本件発明の要旨は左のとおりである。
一方側を供給側Hとし、供給側Hに対する反対側他方を排出側Lとし、供給側Hを高く、かつ排出側Lを低く配置することにより、供給側Hより排出側Lに向つて異種混合穀物粒が徐々に流動するように構成した粗雑面よりなる無孔の撰別盤1に、穀物粒の前記流動する方向に対して左右の方向に斜上下の往復動を与えると共にその揺上げ側に側壁を設け、もつて、撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側H方向に隆積させ、比重の小なる穀物はその反動で反対側に偏流させて分離させるようにしたものにおいて、前記無孔の撰別盤1を複数段多段状に重架させてなる撰別機。